2017年7月5日水曜日

「堕落天使の子孫:ネピリム(ネフィリム)について」2017年7月2日礼拝での国進様のスピーチ

堕落天使の子孫:ネピリムネフィリム)について 

以前、霊的戦いをする上で重要だと思い書いた霊的内容がある。(堕落論:第二堕落)である。

今回國進様そのが堕落した血統ネフィリムネピリム)の血統に言及された。
以前亨進様もネフィリム(ネピリム)といったサタンの血統があることを語られた。
皆殺しにしなければならないほどの存在ネフィリム(ネピリム)とはどのような存在なのだろうか。

 

2017年7月2日礼拝での国進様のスピーチ より

道徳、人権そして正義は神様の意志と一致していなければならないのです。人間主義と、神の御旨の正義との違いを理解するなら聖書の教えを一点の曇りなく、説明することができるのです。100%一貫していることが分かります。聖書歴史を通して神様は、同一のお方です。終始一貫した神様であり、嘘を言わない神様です。人間を本当に愛しておられる神様です。

文亨進様の説教「待ち望む王国」 2016年12月18日より

嘘ではありませんよ。彼らはそこに入って行ってすべての王を殺さなければなりませんでした。彼らはその権力を排除しなければなりませんでした。彼らは丘の上に座ってエリートたちと一緒に支配して笑っているヒュドラやメドゥーサを一掃しなければなりませんでした。もしそうしなければ神様の命令に背くというだけではありません。それは神様が女も子供も一掃せよと命令されていたからです。跡形もなく消し去ってしまえと言われたのです。もちろんネフィリム(ネピリム)といったサタンの血統があったことも分かっています。
ドナルド・トランプも同じ状況にあるということです。


ネフィリム(ネピリム)が出てくる聖句を見てみる。

創世記 第6章

6:1人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、 6:2神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。 6:3そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼(ノア)の年は百二十年であろう」。6:4そのころ、またその後にも、地にネピリムネフィリムがいた。これは神の子たちが人の娘たちのところにはいって、娘たちに産ませたものである。彼らは昔の勇士であり、有名な人々であった。6:5主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。 6:6主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、 6:7「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。 6:8しかし、ノアは主の前に恵みを得た。

民数記 第13章

13:32そして彼らはその探った地のことを、イスラエルの人々に悪く言いふらして言った、「わたしたちが行き巡って探った地は、そこに住む者を滅ぼす地です。またその所でわたしたちが見た民はみな背の高い人々です。 13:33わたしたちはまたそこで、ネピリムネフィリムから出たアナクの子孫ネピリムを見ました。わたしたちには自分が、いなごのように思われ、また彼らにも、そう見えたに違いありません」。


ここにあらわれる神の子とは堕落天使のことを言っている。
神の子=原語のヘブル語「ブネイ・エロヒム」は、旧約聖書では例外なく「天使」(堕天使も含む)を指している。

つまりこの聖句によれば、ネフィリム(ネピリム)と言う天使と人間の女性との間に子孫が増えたことが一時期あったことが分かる。これをサタンの血統であり、跡形もなく消し去ってしまうなければならない存在、子孫を皆殺しにしなければならないと神は言われた。

天使と人間との間の子供、子孫は神から見れば皆殺しにしなければならないほどの悪なる存在であることがわる。
スーパーエリートによる小児性愛犯罪・児童性強姦などのサタニズムがまさにそのような内容である。
2代王三代王権はこのような霊的惡勢力と戦っておられ、我々が霊的に戦う相手もこのような存在であるということである。この認識はとても重要だと思うので以前天使と人間の第二堕落、ネフィリム(ネピリムについて論文を書いた。
参考に頂き、亨進様、國進様の御言葉理解の一助になればと思う。
このネフィリムの如く悪霊界が人間主義・人権主義に深く入り込み聖書を否定してる。
キリストの義と正義とはこのようなネフィリム、悪霊界との戦いであり、三代王権はこのようなネフィリム、悪霊界と現実に戦っておられるのである。

このような背後の悪霊界との戦いと神の正義という観点とで、國進様の今回のスピーチを読んでいただければと思う。

7月2日礼拝での国進様のスピーチより


聖書を読んでごらんなさい。イエス様は神殿から両替商を追い払ったではないですか。荒野で数時間かけてそのためのムチをつくられたのですよ。しかも、とげの付いたやつです。それをいわゆる、武器製造と呼びます。聖書に載っていることです。王様の「王国シリーズ」の説教の中には重大なメッセージが含まれています。トレックに出発される前の説教でmurder(人を殺す)とkill(殺す)の違いを語っていました。ここには大きな違いがあります。イエスキリストが死刑支持者だったということを多くの人は知りません。知っていましたか。
これは本当です。イエス様はある罪に対して刑罰を定めました。マタイ18章6節です。
18:06「しかし、わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、大きな石臼を首に懸けられて、深い海に沈められる方がましである。」
マタイ18章です。イエスキリストは、イエスを信じる小さな者をつまずかせる者は、処刑したほうがいいというのです。このことを知っていましたか。

そういうメッセージを抜き出さなければならないのです。キリストとの真の姿はどのようなものなのか。初臨のキリストと、再臨のキリストはほとんど同じ方と言っていいくらいです。キリストの周りの天使長たちがキリストの死後やろうとしたことは、初臨の時と、再臨の時でこれまたそっくりです。彼らは神の主権を唱え、神の権威を唱える極めて男性的なキリストの姿を何やら、はかない人のように描いているのです。異端の連合もまさに同じことをしているのです。真のお父様を女性化しようとしています。だから神の血統、神の王権を否定するのです。2代王も否定しています。文鮮明師とイエス様、真の天宙の主につき従う私たちのやるべき事は、私たちが想像し希望するキリストの姿ではなく真のキリストの姿に従うことです。

これは世界のすべての人にとっての挑戦です。正義であることの意味と本性。正義の本質とは何ですか。罪の本質は何ですか。キリストの義に立つことを願う者として必要な基本的理解です。正義を理解することは実は簡単なことです。それは神様の御旨に生きること、御心の内にいることです。それは自分の意志ではなく主の意志です。主の御旨の中にいるとき私たちは正しく、個人的な意思の中で生きようともがくときそれが罪なのです。これは私たちが神の御心に生きるとき、自分を罪から分離するときに理解しなければならない主要な点です。このように正義と罪を理解するなら、無神論者、異端者、左翼やフェミニストが聖書の中で問題視していることは、いささかも問題ではないというのです。それは終始一貫しているのです。

旧約聖書では、神様がイスラエルに、堕落した血統、ネフィリムの血統をもつ民の子孫を皆殺しにせよと言われたのも、特別な理由があるのです。そしてそれを実行することが神の民にとっての正義なのです。それは罪ではありません。この区別は重要なことです。われわれは道徳や人権を人間主義的観点から見るべきではありません。

道徳、人権そして正義は神様の意志と一致していなければならないのです。人間主義と、神の御旨の正義との違いを理解するなら聖書の教えを一点の曇りなく、説明することができるのです。100%一貫していることが分かります。聖書歴史を通して神様は、同一のお方です。終始一貫した神様であり、嘘を言わない神様です。人間を本当に愛しておられる神様です。この言葉で、スピーチを終わりにしたいと思います。神様の御旨の中にある正義を探し求めて下さい。そうすることで、私たちのお父様に大きな喜びをお返しすることになるでしょう。

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